好きだったはずなのに、なぜか続かなかった。
途中で嫌いになったわけでもない。
むしろ、好きではありました。
でも、あるところから急に苦しくなる。
そのたびに、
「自分は飽きっぽいんだろうな」
と思っていました。
好きなものは多かったのに、続かなかった
昔から、色々な趣味に触ってきました。
- イラスト
- ドール
- プラモデル
- レザークラフト
- 家庭菜園
- ビオトープ
興味を持つこと自体は多かったです。
実際、触っている間はちゃんと楽しかった。
でも、なぜか長く続かないことも多かったです。
完成まで行かずに止まる。
途中から手が重くなる。
周りと同じように続けられない。
だから昔は、
- 根気がない
- 集中力が続かない
- 飽きっぽい
そういう話なんだと思っていました。
「結局どれも続かなかった」
そんな感覚がずっとありました。
自分が楽しかったのは“完成”ではなかった
例えばプラモデル。
普通なら、
- 完成品を並べる
- 綺麗に塗装する
- 作品として仕上げる
みたいな部分が中心になると思います。
でも、自分が気になっていたのは少し違いました。
- 合わせ目。
- 関節の動き。
- 改造した時の違和感。
- パーツ同士の噛み合い。
完成品そのものより、
「どういう構造でできているのか」
を見ている時間の方が長かったです。
だから、説明書通りに組むだけだと途中で苦しくなる。
逆に、調整や改造を始めると急に集中できる。
当時は理由が分かりませんでした。
でも今思うと、自分が好きだった場所が少し違っていたんだと思います。
他の趣味でも、苦しくなる場所は似ていた
家庭菜園も続けてはいました。
でも、
毎日しっかり管理したいわけではありません。
- たまに様子を見る。
- 少し調整する。
- 水を増やしてみる。
そういう距離感は楽しい。
逆に、
「ちゃんと育て続ける」
方向になると、
少し苦しくなっていました。
ビオトープも、
完成した景色を作り込みたいというより、
- たまに覗く。
- 少し触る。
- 変化しているのを見る。
くらいの距離感が合っていました。
逆に、
綺麗な状態を維持し続ける方向へ行くと、
だんだん疲れてしまっていました。
好きな距離感が違っていた
創作系の趣味では、
- 完成させる
- 続ける
- 増やしていく
みたいな流れになりやすいです。
でも、自分はその流れに入ると、
だんだん苦しくなっていました。
触りたい時に触る。
少し調整する。
気になった所を直す。
そのくらいの距離感は楽しい。
でも、
「ちゃんと続ける」
になると止まってしまう。
だから、
好きではあったのに、
長く続かなかったんだと思います。
昔は、
「結局どれも続かなかった」
と思っていました。
でも今は、
根気がなかったというより、
好きな距離感が、
少しズレていただけだったのかもしれない、
と思っています。

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