父から『会いたい』と言われた時、私は会わない選択をした

数年前、父から「会いたい」と伝えられました。
知らない間にガンの手術をし、経過観察中の期間に、福祉支援者経由でです。

正直、迷いました。

親なのだから会うべきではないか。

それでも私は、会わないことを選びました。

親だから会うべきではないか

父から「会いたい」と伝えられても、すぐには答えを出せませんでした。

会いたくない。

その一方で、

「親なのだから会うべきではないか」
「親孝行をしなくてはいけないのではないか」

という思いも頭を離れません。

がん手術後の経過観察期間だと聞いていたため、このまま会わなければ
「後悔するかもしれない」
とも考えました。

だからといって、迷いなく会いに行ける状態でもありません。

会いたくない気持ちと、会うべきではないかという考えの間で揺れていました。

親の話題だけで体調を崩していた

当時は、親や親族に関する話題に触れるだけで体調を崩していました。

支援者から親の近況を聞いた後、しばらく調子を崩したこともあります。

また、親に私の近況を伝えていいか確認されるだけでも強いストレスがありました。

そんな状態だったため、父と会う話が出た時も気持ちは重くなりました。

支援者は母親を交えない形も考えてくれていました。

それでも、父と会うこと自体がしんどかったのです。

会うかどうか考え続けるだけでも負担になっていました。

父と会うことがつらい理由

私には父との関係の中で「守ってもらえなかった」と感じる出来事がありました。

子どもの頃の被害や怪我、DV相手とのトラブルなど、助けてほしい場面で守られなかった経験があります。

その積み重ねによって、父に対する安心感を持てませんでした。

自分の生活と体調を優先

父からの連絡を受けた後も、私は「会うべきではないか」と考え続けていました。

ずっと考え続けているうちに、疑問も浮かんできます。

本当に考えるべきなのは、会うべきかどうかではなく、会った時に自分がどうなるかではないか?

当時の私は、親や親族に関する話題だけで体調を崩しています。
母が突然自宅を訪ねてきた時は、1ヶ月以上強い不調が続きました。
父から「会いたい」と伝えられた時も、福祉支援者経由で聞いただけで2週間ほど調子を崩しています。

また、がんになった親と家族の話を見聞きすると、「親なのだから会うべきではないか」という考えに引っ張られ、動悸が強くなることもありました。

実際に会う前の段階ですらこれだけ影響を受けているのに、本当に会った場合はどうなるのだろうか。

そうした反応を振り返るうちに、会うか会わないかを一般論で決めることに違和感を持ちました。

会ったときとその後の負担と、会わなかった場合の後悔。

どちらが自分にとって大きいのか…。

考えた結果、私は会わないことを選びました。

会わなかったことで苦しむ可能性はあります。

それでも私には、会った方がより長く苦しむように思えたのです。

父に会わないという選択をした

最終的に、私は父に会わないことを選びました。

父がガンの手術をしたと聞いても、その選択が簡単だったわけではありません。

親だから会うべきかではなく、自分がその後も生活を続けられるかを基準に考えました。

私にとっては、会うことよりも今の生活と体調を守ることの方が優先順位が高かったのです。

親を拒絶するためではなく、自分の生活と体調を守るための選択として

父と会わない

これが私の出した結論です。

タイトルとURLをコピーしました